この記事に書いてあること
空気中に微量に含まれている二酸化炭素ですが、濃度が高くなると「二酸化炭素中毒」という症状が現れ、最悪死に至ることもあるのはよく知られています。
しかし、二酸化炭素濃度が上がりすぎて健康に大きな害を及ぼすという例は、「消防設備の事故や誤作動」、または「ドライアイスの車両運搬」といった非常に限られた状況でしか発生しません。つまり、部屋の中で普通に過ごしている状況であれば、いくら人が多く集まったり、部屋が狭かったり天井が低かったり、換気が悪かったりしても「健康被害」と呼べるほどの害は起こらないのです。
これに対して、「二酸化炭素濃度が上昇すると眠くなる」「二酸化炭素濃度が上昇すると睡眠の質に悪影響がある」ことは、より身近に発生していますが、あまり知られていません。「眠気」は、学生がより効率的に勉強を進めたり、社会人が会社での業務を短時間で完了させたりする妨げとなります。そして「睡眠の質」は、全ての人にとって毎日影響がある問題です。
以下では、二酸化炭素濃度の上昇と眠気・睡眠の質の関係について、分かりやすく解説します。
二酸化炭素濃度の上昇により、眠気が増加する研究は多数行われています。その中から、信頼できる研究結果についてお伝えしていきます。
「空気調和・衛生工学会」で発表された日本の研究者による論文は、立命館大学の実験室において大学生5人(被験者)が、異なる二酸化炭素濃度の空気のもとで行った測定の結果がまとめられています。
測定は、以下にある7つの状況下において「タイピング作業」を用いて行われました。
ケース | 二酸化炭素濃度 (ppm) | マスク着用 | 温度(摂氏) | 相対湿度(%) | |
---|---|---|---|---|---|
1 | 600 | なし | 25 | 50 | |
2 | 1500 | なし | 25 | 50 | |
3 | 3500 | なし | 25 | 50 | |
4 | 600 (マスク着用時5000ppm相当) | あり | 25 | 50 | |
5 | 600 | なし | 25 | 50 | |
6 | 600 → 1500 | なし | 25 | 50 | |
7 | 600 → 3500 | なし | 25 | 50 |
作業を行った大学生に「作業前」「作業後」で眠気について回答を求めたところ、最も眠気が高かったのは「ケース4(マスク着用)」で、47%の眠気増加が確認されました。
マスク着用時は、二酸化炭素を多く含む「吐いた息」がマスク内に滞留するため、試験を行った大学生が吸い込む空気の二酸化炭素濃度が5000ppm程度と推察されます。
次に眠気が高かったのは「ケース3」の32%増加です。このケースでは二酸化炭素濃度3500ppmとなっています。
なお、ケース6と7(二酸化炭素濃度が変動)の場合は、特に二酸化炭素濃度が600ppmから3500ppmに上昇する「ケース7」において、被験者は62%眠気が増したと回答しています。
眠気に加えて、二酸化炭素濃度が高いほどタイピングの作業量ならび作業の正確性が低く、また誤入力率が高いことも確認されました。
次に、二酸化炭素濃度と睡眠の質について解説します。
こちらは、学術論文誌『Indoor Air』に掲載された論文で、上海交通大学や中国企業の研究者により執筆されました。
論文要旨によると、この研究は12人の被験者(男性6人、女性6人)が、3パターンの二酸化炭素濃度(800ppm、1900ppm、3000ppm)のもとで睡眠をとった結果を54日間連続で調査した内容に基づいています。
アンケートによる回答では、800ppmの睡眠の質を100とすると、3000ppmでの睡眠の質は80程度でしかありませんでした。つまり、二酸化炭素濃度が3000ppmに達すると、睡眠の質は20%低下することを示します。
こちらは、学術論文誌『Indoor Air』に掲載された論文で、オランダのアイントホーフェン工科大学の研究者により執筆されました。
論文の要旨によると、この研究は17人の被験者が睡眠時に寝室のドアや窓を開けた場合と、閉め切った場合で睡眠の質を比較しています。ドアや窓を開けた場合の二酸化炭素濃度は平均で717ppm程度でしたが、閉め切った場合の濃度は1150ppmとなっていました。
入眠潜時(覚醒状態から眠りに入るまでの時間)、睡眠時、覚醒回数の3つの指標において、「二酸化炭素濃度が高いと睡眠に悪影響がある」ことが明らかとなっています。
こちらは、学術論文誌『Indoor Air』に掲載された論文で、デンマーク工科大学の研究者により執筆されました。
論文によると、この研究は「被験者が学生寮で睡眠を取る際の環境」を変えて比較を行いました。
まず、「電気ヒーターを利用した環境で『換気を行わなかった場合』と『換気を行った場合』」を比較しました。換気を行わなかった場合の二酸化炭素濃度は平均2585ppmでしたが、換気を行った場合は660ppmでした。
次に、「電気ヒーターを利用した環境で、二酸化炭素濃度が900ppmを超えると『ファンが作動しない場合』と『ファンが作動する場合』」を比較しました。ファンが作動しなかった場合は2395ppm、ファンが作動した場合は835ppmとなりました。
翌日、被験者に対してアンケートを取った結果、低い二酸化炭素濃度の環境で睡眠をとったほうが、より『空気が新鮮』『リラックスできた』『よく休めた』『眠気が少ない』という回答が得られています。
室内の二酸化炭素濃度が上昇すると、眠気が増加すること(ならび学習・業務効率が低下すること)、ならび睡眠の質が低下し翌日のパフォーマンスに悪影響を与えることが、研究結果により明らかになっています。
室内の二酸化炭素濃度を適切に保つことは、「児童や学生に最高の学習環境を提供する」「従業員に最高の就労環境を提供する」ことに直結します。二酸化炭素濃度が高い場合、眠気が増加して十分な学習/業務パフォーマンスが発揮できません。
また、寝室の二酸化炭素濃度管理も同様です。寝室の二酸化炭素濃度が高い場合、睡眠の質に悪影響を与え、結果翌日の学習や業務パフォーマンスが低下します。
教育機関における建物の管理責任者、オフィス環境の整備責任者、そして自身または家族の寝室を心地よく整える責任を持つ人は、まずは「二酸化炭素濃度計を利用して、適切な濃度が維持されているか」を測定することから始めてください。
測定を行った結果、寝室の二酸化炭素濃度が高かった場合は、窓開け・ドア開け・ファン利用など様々な方法を用いて「どのような方法を用いれば二酸化炭素濃度を低下させられるか」を検討すべきでしょう。
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